黙示録13174年

 グレゴリオ暦13713年――長きに渡っていたアンドロメダ-天の川戦争の終結から320年、N GC 604条約により局部銀河群には平和が続いていた。
 アンドロメダ銀河公用語一強であった銀河群間言語が戦争のうちに混合・効率化され、アンドロメダ銀河公用語であるアンドロメダ語を基本とした発音と、天の川銀河公用語である地球語母体とした筆記が同時に使われる、新しい言語が誕生した。文化保存を提唱している者もいるが、それよりも効率第一の声は大きく、銀河群二大銀河混合語はこれからも広まっていくと考えられる。
 それに伴うように銀河郡間の交流や貿易はそれまで以上に活発に行われるようになり、伴銀河の間ではSSFs――いて座・ちょうこくしつ座・ろ座(ろくぶんぎ座は含まれない場合もある)――などの連携が結ばれるだけでなく、AU――アンドロメダ座連合――などの協力機構が設立され、さんかく座銀河の銀河経済ランク3位の地位を脅かすまでになった。しかし貿易に積極的でない星も存在し、未だ問題は多いといえる。先進銀河と後進銀河の技術格差が問題となったのは記憶に新しい。
 一方近隣銀河群であるM81銀河群とマフェイ銀河群では関係悪化が進んでおり、学者によっては、100年以内の開戦の可能性を警告している者もいる。局部銀河群はこれに備え、先日にはいくつかの不参加星もあったものの、大規模な銀河群合同軍人訓練が行われた。

 このように局部銀河群の協力体制が強化されていく最中――けん玉は宇宙的ブームを巻き起こしていた!
 はじまりはLBC――天の川銀河放送協会放送――の太陽系古代の遊びの特集だった。この放送は宇宙SNS、Spacedonの天の川銀河TLで話題となり、購入希望者の電話で地球の虚弱な電話線がパンクするまでの人気となった。
 このことはさらなる話題を呼び、局部銀河群内での大流行をもたらした。三大銀河はもちろんのこと伴銀河にも波がおこり、同様の生産ラインを持つ中小工場では、チャンスとばかりに大部分をけん玉製作用のものに変えるところもあったという。
 地球人を講師として呼ぶけん玉講習会が各地で開かれ、学生に授業に集中してもらうためにけん玉禁止令を出す星もでた。おとめ座ストリームのような近代プロジェクトによって開拓された星では、開拓のため地球から移住した地球人が、現地で生まれた子供たちにけん玉を教えるという姿も報道された。
 急ピッチで製作されたけん玉の中には粗悪品も多く、正規品の価値はさらに上昇した。もともと42pd程度で取引されていたものが、銀河群全体に浸透する頃には87pd程度にまで上がっていたというから、その人気は一目瞭然だろう。

 銀河群で社会現象となったけん玉の勢いは衰えず、人気は銀河群外にまで広がった。隣銀河群ちょうこくしつ座銀河群を起点に情報が拡散され、他銀河群からの注文がひっきりなしに届いた。なかでもおとめ座銀河団からの人気は凄まじく、輸出額が輸入額の400倍を上回る超貿易黒字をたたき出した。
 けん玉は局部銀河群輸出商品輸出数に2位と49倍の差をつけ、1位に躍り出た。既にけん玉製作に携わらない星は銀河群内に存在せず、製造競争は苛烈化し、銀河群内、中には銀河内ですら潰し合いが行われた。この事態を憂いた局部銀河群労働組合総連合幹部により局部銀河群けん玉プロジェクトが提案され、局部銀河群連合により可決、局部銀河群けん玉製造プロジェクトが起動。不協力星と呼ばれていた星々からも初の銀河群プロジェクト参加があり、正しく銀河群一丸となって推進された。

 このプロジェクトは大成功を収め、局部銀河に大きな利益をもたらした。輸出額はさらに増加し、宇宙全体にけん玉の名を轟かせたのだ。各銀河では連日けん玉大会が実施され、大きな賞金がかけられた。銀河を梯子し大会上位をかっさらっていく大会荒らしも多く、なかにはけん玉大会の賞金で生計をたてる者もいた。Kendamerと呼ばれたそれらは若者のあいだで新しい職業として人気を博し、ある小学校のなりたい職業ランキングでは1位に輝いたと聞く。銀河辺境に位置する地球には観光客が殺到し、入星ゲートの待機列は隣星火星衛星であるダイモスにまで伸びた。これらの成果から、プロジェクトの中心としてたてられた局部銀河群東銀河会社の株価は高騰し、連日最高記録を更新した。
 けん玉がもたらした利益は経済界に留まらない。なんと交流を拒んできた未公開銀河団WH Christie's Leo Clusterとの対話の機会を得ることができただけでなく、鎖銀河政策をとっていたロバートの四つ子銀河との貿易が開始されることとなったのだ。これは宇宙史に残る功績と言えるだろう。

 似た製品がほかの星にも存在しないわけではない。単純な作りから、各地で類似品はみつかっている。その中で、なぜけん玉はこんなにもヒットしているのか。「やはり伝統の重みと木の温かみでしょう。伝統や森林を捨ててきた星々にはない、我が星の強みです」前足を前に出して少し上を向かせ、突起を丸めるという地球人特有のポーズを取りながら、地球総裁のガネッシュ・スミスは語る。
 あぁ、けん玉万歳! けん玉が世界を救うのだ!
 このまま、けん玉は宇宙一の商品となる――そう思われた。

 しかし、ある日を境にけん玉の売れ行きはにぶりはじめ、局部銀河群東銀河会社の株は大暴落をおこした。けん玉制作に携わっていた中小起業は相次いで倒産し、さんかく座銀河銀行には預金を下ろそうとした人々が大量に駆け込み、暴動を起こした。けん玉製作を一丸で行っていた局部銀河群は、経済的大混乱に見舞われたのだ。いや局部銀河群だけではない、もはや局部銀河群と貿易していない銀河など存在していなかったのだ。この混乱は他銀河群・銀河団にも波及し、宇宙交流開始後最悪の恐慌に至った。宇宙連合が宇宙緊急事態宣言をおこなうも時既に遅く、そのうちけん玉はただの一つも売れることがなくなってしまった。
 何故こんなことになってしまったのか。宇宙群全体から各星までで緊急会議が開かれ、話し合いが行われた。そしてひとつの答えに辿り着いた。
 そう、けん玉はひとりひとつでじゅうぶんなのだ。
 そんなことに気づかないものなのだろうか。事実、誰ひとりとしてそのことに気づくことができなかったのだ。それは今までに前例がないほどの爆発的人気と、銀河群一丸の生産体制が人々の想像以上のものとなってしまったことに理由があるだろう。今までならば需要変化を確認しつつ供給をコントロールできるほどにあった光年級ラグが、技術向上により無くなるどころがマイナスになってしまったのだ。宇宙交流による製造力の強化が裏目にあらわれた、重要な事例だといえる。
 大規模な宇宙恐慌は宇宙全体に不況をもたらし、各星で経済体形の見直しや経済政策の改革が行われた。どの星も経済不振にあえいでいることに変わりはないが、なかでも立ち直しが進んだ星とあまり上手くいかなかった星が生まれ、宇宙の対立は深まった。
 そのなかでM81銀河群とマフェイ銀河群は開戦から逃れることはできず、ついにM81は宣戦布告、戦争が始まった。M81-マフェイ戦争として始まった戦争は、二国の経済体形の違いから経済防衛を理由に他銀河も多く参入し、過去に例のない大きな戦争となった。宇宙大戦と名付けられたそれは、以降千年以上も続くこととなる――

 けん玉・バブル――古代地球で生まれた文化は古代地球で起こった事象になぞらえ、いつしかそう呼ばれるようになった。
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